秦野南地区・語り部運動資料

お月見だんご
中町長寿会 森 富子

この頃はどこの家庭でもお月見だんごというと餡の入った饅頭を供える家が多いようですが、私の嫁 いだ頃(五十年位前)には、中には餡などを入れず米の粉だけの団子でした。
米の粉一升で十五夜には 十五ヶ、十三夜には十三ヶの団子を作ってお月様に供えました。
そして次の朝お月様に供えた団子や 里芋などで雑煮を作って家族全員で食べたことが懐かしい思い出となって残っております。

ところ変われば
今泉西上町老人クラブ 芦川二三子

お月見団子
 お月見に、私の在所では団子をあげていました。ところが秦野では饅頭を上げています。
嫁に来て饅頭 の作り方を教わり、人並みに作ろうと思って努力しましたが、饅頭作りは難しくて、上手くならないうちに とうとう老人会に入る齢になってしまいました。
以前隣のおばあさんが話して下さった話だと、昔は秦野 でも団子だったが、粉や小豆が手に入りやすくなってから饅頭に代わってしまったとのことでした。
豆まき
 節分の豆まきも驚きました。嫁に来て初めての豆まきの時、氏神様に行くと、辺り一面に萎なの落花生 がまかれていて、随分風習わしの違った所に来たものだと、在所が恋しくなったことを今でも覚えて います。 
こんな風習もこの地に生まれ育った子供たちには当たり前のことでしょうが、秦野とは異なった 風習しのあることも子供や孫たちには話しておきたいことだと思って居ます。

女のお節句
今泉西町老人クラブ 佐藤カネ

私の子供の頃のお節句は四月の三日と四日の二日間で、お花見といって、大竹の向こう山に部落別に 場所を決め、万国旗などで飾って、母親たちの作ってくれた寿司や煮物を持ち寄って食べたり、歌を歌 ったり、お手玉やあや取りをしたりして遊びました。
お花見は年に一度の女の子の一番楽しい行事でした。
お手玉には色々の遊び方がありましたが、三ッ玉を使って一人遊びの歌を紹介します。
 「さいよう山は霧深し 向こうの山は桜島 みなさん花見に行かないか お弁当持って早急ぎ 弁当は 何にしましょうか 饅頭か寿司かきんつばか 私はきんつば大好きよ 私はきんつば大嫌い 高い山から 見下ろせば 桜の花がちらちらと」 という歌でした。
 昔の子供はお手玉作りを母から教わって、子供のうちょから作ることが出来ました。

足中草履
宮町老人クラブ 草山伊勢治

私たちが小若衆の頃の思い出だ。
春になると春雨がよく降る。そんな雨の日は、藁束を持って仲の良い 仲間二三人が集まり、足中草履を作る。
 その当時は、畑に行くには足中草履だ。夏は足が蒸れるので一番良い履物だ。足中は畑のアナ(境目)に揃えてむぐ。畑で仕事をするのには裸足ばかりだ。あの頃は道路も今と違って舗装など無く、草が 生えていて、石がごろごろして、素足では歩けない。
 春、足中を真面目に作った人は良いが、怠けた人は、夏の暑い路を裸足で歩くようになる。
何事も 真面目にやらなくては駄目だ。振り返って見れば、六十年も前のことだ。懐かしい思い出だ。

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